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戦国時代の築城術5選、天守に込めた防御の工夫とは

お城
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城を訪れて、天守を見上げる。「立派だなあ」で終わっていませんか。

実は城には、攻めてくる敵を迎え撃つための仕掛けが数多く隠されています。石垣の反り、曲がりくねった通路、白い壁に開いた小さな穴。どれも、敵の動きを読んで考え抜かれたものです。

本記事では、戦国時代に磨かれた築城術の中から、5つの工夫を紹介します。城は、敵の目線で歩くと見え方が変わります。読み終えたら、次の城めぐりが待ち遠しくなるはずです。


目次

  1. 戦国時代に築城術が進化した理由
    • 山城から、石垣の城へ
    • 鉄砲が変えた城の守り
  2. 天守を守る、戦国の築城術5選
      1. 石垣 上に行くほど反り返る「武者返し」
      1. 堀 敵を近づけない水と溝
      1. 虎口と枡形 出入り口こそ最大の守り
      1. 狭間と石落とし 天守と壁に隠された攻撃口
      1. 縄張り 迷路のような通路で時間を稼ぐ
  3. 難攻不落と呼ばれた城の実力
    • 小田原城 謙信も信玄も落とせなかった
    • 大坂城 堀を埋められて落ちた
  4. 築城を支えた名手たち
  5. まとめ:城は敵の目線で歩くと面白い
  6. 参考文献・参考サイト

戦国時代に築城術が進化した理由

山城から、石垣の城へ

戦国時代の初め、城の多くは山城でした。山の地形を生かし、土を削ったり盛ったりして造った城です。石垣は、まだほとんど使われていません。

大きな変化をもたらしたのが、織田信長です。1576年に築き始めた安土城では、高い石垣の上に、外から見て5重の天守(安土城では「天主」と書きます)を建てました。

城は、敵を防ぐ砦であると同時に、権力を見せつける場所になりました。この形は、豊臣秀吉や家臣たちに受け継がれ、全国へ広まっていきます。

鉄砲が変えた城の守り

1543年、種子島に鉄砲が伝わります。鉄砲は、またたく間に戦国大名の間に広まりました。

鉄砲の弾は、弓矢より遠くまで届きます。そこで城では、堀の幅を広げて敵を近づけにくくしました。壁を厚くし、内側から鉄砲を撃つための穴も設けています。

攻める側の武器が変われば、守る側も変わる。築城術は、戦い方の変化とともに進化していったのです。

天守を守る、戦国の築城術5選

1. 石垣 上に行くほど反り返る「武者返し」

石垣は、ただ高く積めばよいわけではありません。

熊本城の石垣は、下はゆるやかで、上に行くほど垂直に近くなります。敵がよじ登ろうとしても、最後は反り返った壁に阻まれる。この形は「武者返し」と呼ばれます。

築いたのは、石垣づくりの名手として知られる加藤清正です。1877年の西南戦争では、西郷隆盛の軍が熊本城を攻めましたが、城は落ちませんでした。清正の石垣は、約270年後の実戦でも強さを示したことになります。

2. 堀 敵を近づけない水と溝

堀には、水を張った「水堀」と、水のない「空堀」があります。水堀は、泳いで渡る敵の体力を奪います。空堀は、底に下りた敵を上から狙い撃ちにできます。

規模が大きいことで知られるのが、小田原城の「総構え」です。城だけでなく城下町までを、堀と土塁(土を盛った壁)で囲みました。その長さは約9kmに及びます。

3. 虎口と枡形 出入り口こそ最大の守り

虎口とは、城の出入り口のことです。攻める側は、ここを突破しなければ城に入れません。そこで虎口は、わざと狭く、道を折り曲げて造られました。

さらに工夫を重ねたのが「枡形」です。門を2つ重ね、その間に四角い空間を設けます。1つ目の門を破った敵は、この空間に閉じ込められます。そこへ周りの壁や櫓から、一斉に攻撃を浴びせるのです。

東京の皇居(旧江戸城)の桜田門では、今もこの枡形の形を見ることができます。

4. 狭間と石落とし 天守と壁に隠された攻撃口

城の白い壁に、丸や三角、四角の小さな穴が並んでいるのを見たことはありませんか。これが「狭間(さま)」です。内側から鉄砲や弓で敵を狙うための穴で、丸や三角は鉄砲用、縦長の四角は弓矢用とされます。

天守や櫓の壁の下には、「石落とし」と呼ばれる仕掛けもあります。床に開いた穴から、石垣をよじ登る敵に石を落としたり、鉄砲を撃ち下ろしたりするものです。

天守は、ただ眺めるための建物ではありません。城の最後の砦として、戦うための仕掛けが詰め込まれていたのです。

5. 縄張り 迷路のような通路で時間を稼ぐ

縄張りとは、城の設計図のことです。堀や石垣、門をどこに置くかを決めます。

よく知られた例が、世界遺産の姫路城です。天守は目の前に見えているのに、通路は曲がりくねり、なかなかたどり着けません。天守から遠ざかるように見える道もあります。迷っている間に、敵は四方から攻撃を受ける仕組みです。

今の姫路城は、1609年に池田輝政が完成させた江戸時代初めの城です。戦国時代に磨かれた知恵の集大成といえます。

難攻不落と呼ばれた城の実力

小田原城 謙信も信玄も落とせなかった

小田原城は、関東を治めた北条氏の本拠です。1561年には上杉謙信、1569年には武田信玄が攻め寄せましたが、どちらも城を落とせませんでした。

謙信と信玄が互いに争った戦いについては、「武田信玄と上杉謙信、川中島の五度の激突とは?最大の激戦・第四次の真相を徹底解説」で紹介しています。
しかし1590年、豊臣秀吉の大軍に囲まれると、北条氏は約3か月で降伏し、城を明け渡しました。外からの助けが来なければ、どんな城もいつかは力尽きる。総構えの城でさえ、例外ではなかったのです。

大坂城 堀を埋められて落ちた

秀吉が築いた大坂城も、難攻不落とうたわれた城です。1614年の大坂冬の陣では、徳川の大軍を寄せつけませんでした。

ところが和睦の条件として、堀が埋められます。守りを失った大坂城は、翌年の夏の陣で落城しました。城の強さは、石垣や堀だけでなく、それを守り抜く判断にもかかっていたのです。

大坂の陣で活躍した真田信繁については、「真田幸村(信繁)の大坂の陣、最後の突撃3つの真実|家康本陣まであと一歩だった理由」で詳しく紹介しています。
なお、今の大阪城の石垣は、徳川幕府が築き直したものです。秀吉時代の石垣は地中に埋められました。大阪城の「豊臣石垣館」では、発掘された豊臣時代の石垣を見学できます。

築城を支えた名手たち

  • 穴太衆(あのうしゅう):近江の穴太(今の滋賀県大津市)を拠点とした、石垣づくりの専門集団です。自然の石をほとんど加工せずに積む「野面積み」を得意としました。一見粗く見えますが、水はけがよく、地震にも強いとされます。安土城の石垣も手がけたと伝わります
  • 藤堂高虎:主君を何度も変えながら、各地の城づくりに携わった武将です。今治城や伊賀上野城を手がけ、江戸城の設計にも関わりました。高い石垣と広い堀を得意とし、伊賀上野城の石垣は高さ約30mに達します
  • 加藤清正:熊本城の「武者返し」を築いた名手です。名古屋城の天守台の石垣も、清正が手がけました

まとめ:城は敵の目線で歩くと面白い

5つの築城術に共通するのは、「敵はどう攻めてくるか」を先回りして考える発想です。攻める側の目線に立ち、弱点を一つずつつぶしていく。仕事のリスク管理にも通じる考え方かもしれません。

次に城を訪れたら、この3つを探してみてください。

  • 石垣の反り:下から見上げて、上に行くほど垂直になっていれば「武者返し」です
  • 門の前の四角い空間:門が2つ重なり、間に四角い広場があれば「枡形」です
  • 壁の小さな穴:丸・三角・四角の穴は「狭間」です。どこを狙う穴なのか、外側から想像してみてください

🏯 築城術を体感できる城

本記事で紹介した5つの工夫は、今も各地の城で見ることができます。

  • 熊本城(熊本県熊本市):清正の「武者返し」の石垣を見上げられます。2016年の熊本地震からの復旧が続いているため、見学ルートは事前に確認してください
  • 姫路城(兵庫県姫路市):天守まで曲がりくねる「縄張り」を、実際に歩いて体験できます。江戸時代から残る天守では、壁の「狭間」や「石落とし」も間近に見られます
  • 小田原城(神奈川県小田原市):謙信も信玄も落とせなかった城です。城下には「総構え」の堀の跡が残り、その規模の大きさを実感できます
  • 伊賀上野城(三重県伊賀市):藤堂高虎が築いた、高さ約30mの高石垣は圧巻です
  • 皇居・桜田門(東京都千代田区):門が2つ重なる「枡形」の形が、ほぼそのまま残っています。都心で気軽に見られる築城術です

天守を見上げる前に、まず足元の石垣と門の形を見てください。それだけで、城めぐりは何倍も面白くなります。

📖 あわせて読みたい

一番好きな城や、城めぐりで驚いた仕掛けがあれば、ぜひコメント欄で教えてください。次の記事で取り上げるかもしれません。

城の仕掛けをもっと深く知りたい方へ

天守だけではない城の防御の工夫を、もっと詳しく知りたいなら、萩原さちこさんの『図説・戦う城の科学』がおすすめです。城の構造と攻防の工夫を図解で解説しているので、城めぐりの前に読んでおくと、見え方が変わります。

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📚 戦国の常識を、もう一歩深く

「城は天守を見るもの」。そんな思い込みを、この記事では少しだけ崩してみました。

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参考文献・参考サイト

書籍

  • 三浦正幸『城のつくり方図典』(改訂新版)小学館
  • 千田嘉博『城郭考古学の冒険』(幻冬舎新書)幻冬舎

Webサイト

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